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2010年01月27日

トラウマ映画/トラウマ教育

『落日』を調べていたらこんなものが…!(結構嫌なカットを抜粋して使ってるので、『火垂るの墓』は受け付けない人は見ない方がいいかも)
卑怯だろ…!これはっ…!!卑怯すぎるわ…!!

「昭和20年9月21日夜、僕は死んだ。」~『火垂るの墓』

「太陽が去っただけ」→節子ぉおおー!!
いやしかしせっかくだから空襲で焼けた街とかはいれなくても、もっと最初の方の幸せそうな場面を強調した方が。「さっきまでの君のぬくもり」を抱いて最後の荼毘の煙とともに立ち尽くす主人公が「落日」っぽさが強調されるというか。
血が出る系のショッキングなシーンはあんまりいっぱい入れない方が逆に目を引くと思います。
もっと人物の目線に寄り添う感じにして、なんていうか幸せな光景が積み重なりが余計最後の駅の寂しさをですね!(真面目に演出考えてどうするんだって感じですが)
でも最後の「さぁもう笑うよ」はほんと…卑怯…ウウッ…

『火垂るの墓』はいまだに「トラウマ映画」として『はだしのゲン』と自分の中でツートップです…
私は8/15終戦記念日生まれなので、小学生のときは「誕生日に反戦映画を見せられる」という罰ゲーム状態で…
『火垂るの墓』では空襲でお母さんが負傷して、ミイラ状態で死ぬシーン、
『はだしのゲン』は原爆直後の火傷を負った人のシーン(詳細は書きたくない…)がいまだに…
即死系は「わー」って思うだけなんだけど、「痛いよう…死にたくないよう…」みたいなのがじわじわくる。
(今って反戦教育とか広島長崎の日とかってないんですかね?
私が子供のころはわざわざその日が夏休みの登校日に指定されてた。
いまwikipedeiではだしのゲン調べてたら、一時期日教組の機関紙?みたいなのに連載されてたみたいなので、反戦教育が盛んな時期だった…だけなのかな?)
『風が吹くとき』は子供のころはそこまで怖いと思わなかったけど、今見るとじわじわ来ますね。老夫婦が「政府が助けてくれる」「この平和が終わるはずがない」って信じきってるところとか、大人にならないとわかんない。

他にも私の世代?(もしかしたら地域によるかな)はいらんトラウマ教育を実施してくれまして
■性感染症の恐ろしさ(毎週保険体育の授業で、一年間を通して授業が組まれた)
テストが「各種性病名と症状の暗記」とか!「性病にかかった男性器写真」とか!!
『何これ怖い…』
私は諸事情により(簡単に言えば非モテと、家に男性がいなかった)かなり後になってからしか「健康体の現物」を拝む機会がなかったのですが、おかげさまで今では「女なのに童貞マインド持ってるよね…」といわれます。どどど童貞ちゃうわ!
「積極的な性教育」でひたすら「性感染症について」しかやらなかったんで、「怖い」とか「キタナイ」とか「危険」「やんないのが一番」(これはある意味間違いではないが…)っていう恐怖心しか残らなかったです。
教える方も…結局何を教えていいのかわかんなかった、って事なんでしょうね。

私はぎりぎり親が戦時中(昭和19年)に生まれて、死んだ祖父は出征経験もあるのですが、祖父は大工だったんで機工兵?という区分で中国に行ったらしいという事くらいしかわかりません。
別段寡黙な人ではなかった(むしろお酒が好きで話がくどい、という点で私に似ている)し、区分的に前線に行くような感じではなかったんじゃないと思うんですが…
空襲や、食糧難の話については聞けば教えてくれました。
「祖父がその点については語ろうとしなかった」という事が、もっとも大きな「戦争教育」だったのではないのかと。祖父が死んだ今はそう思います。
自分が子供に戦争について語らなきゃいけない時がきたら、それくらいしか伝えられることはない、というのが正直なところ。

性教育について聞かれたら…まあ「二次元と三次元は別腹で」くらいかな…

投稿者 chikage : 2010年01月27日 15:23

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