私は基本的にここ五年くらい携帯関係の仕事をしているのですが(今も一応している)、
仕事で読まされる漫画が
■ヤンキーマンガ
■TL・BL、ちょいエロ系
ここら辺に集中してます。ここら辺が「ケータイブラウザ等のヘビーユーザー」が欲するコンテンツってことなんでしょうか。
高橋ヒロシも秋田書店系一通り読んだけど、「QP」とかベタだけど面白かったです。
携帯系のコンテンツ企画者は読んだらいいと思うよ!
なんかあんまりこの本、批評とかとして読むにはちょっと内容が薄いなぁって感じですが、携帯コンテンツとかを売らなきゃいけない「相手」っていうのがどういう層が多数なのかなんとなく理解できます。
「本読まないけどジャンプ(チャンピオンでもヤンマガでもなんでもいい。ただチャンピオンは不良漫画とバキとドカベンとみつどもえが同居するという意味では、ナイス雑誌)だけ買ってる」
「普段漫画読まないけど"NANA"だけ読んでる」とか
「ゲーム雑誌はファミ通しか買ったことない」みたいな人が「ケータイを暇つぶしに使う人々」であって「お客様」である率が高いわけです。
日本人の八割くらいが「都会じゃないところ」に住んでるわけで。
漫画が好きな人(好きだと思ってる人)と「実際的に物量として売れるもの」はやや隔たりがあるような気がします。
『自分が面白いと思うことを他人が楽しめるとは限らない』
『ネット(自分の周り)ではやってる=売れてるわけじゃない』
『自分が面白いと思わなくても売れるものは売れる』
『エンタテイメントにハイだとかローだとかいう概念は持たない』
ここらへんが「仕事として」たとえばゲームとか、モバイルサービスとかに従事するときには大事だなぁと思います。
自分(えーと、この場合はディレクターとかプランナーかな)はけして「作家性」とか「オリジナリティ」を求められてるわけではなく、郊外型のエンタテイメントの提供者であることを自覚すべきだと。
世界のハイファッションがたとえば銀座とかミッドタウンで見られるとしても、大半の人はそれを買うことはないわけで、ターゲットは郊外でジモティとゆるいコミュニティとかを維持しつづける人々で、サ○ィとか、郊外型アウトレットモールとか、丸井とかルミネで買い物する人なのです。いや私も服は大概ルミネとかで買ってるけどね?(私は正直服装にはあまり頓着しないタイプです。礼服とスーツ以外はワンシーズンでおしまいでも構わない値段のものしか買わない)
実はオタク産業みたいなのって、産業の規模としては全然しょっぱいわけで、それで日本の経済が支えられるという幻想は捨てたほうがいいというのはこの本で。
作ってる側がハイブロウ気取ったところで、受け手には「なんだこれ」としか受け取られないとか、
「デトロイト・メタル・シティ」だって構造は「エリートヤンキー三郎」と変わんないじゃんかよとか、要するに我々はもう「カルチャー」(一般的な意味での「文化」)も「カウンターカルチャー」(それに反抗するもの)もない時代で「とりあえず日々のお金のために」生きていくしかないという、そういう結論でございます。
(「サブカルチャー」もほぼカウンターカルチャーと同じ。モテ非モテとか、メジャーマイナーとか、そういう切り口は最終的に「名誉的かどうか」はともかく「金になるかならないか」では問題じゃない)
私はそういう生き方って嫌いじゃないですよ?霞食って生きられるわけじゃないし。

